
ゲームチェンジャーをテーマとする「NRF2025」が開催
米国の小売業界は、インフレの高止まりや金利の上昇、国際情勢の不安定化など、2024年も厳しい事業環境に置かれたものの、概ね成果を収めた。
全米小売業協会 (NRF) によると、2024年の小売売上高は対前年比3.6%増の5兆2800億ドル (792兆円:1ドル=150円で換算) で、過去最高を更新した。
2025年の見通しについて、米投資銀行ゴールドマン・サックスのデービッド・ソロモン会長兼CEO (最高経営責任者) は「様々な変化が混在している。成長に向けて建設的な変化もあれば、成長を鈍化させかねない変化もあるだろう」とし、「我々が注意深く見なければいけないのは、すべてのバランスがどのようにとれているかだ」と述べている。
近年、小売業に変革をもたらすテクノロジーとして、AIが大いに注目を集めている。
AI向け半導体最大手エヌビディア (Nvidia) 小売・消費財部門のバイスプレジデント兼ゼネラルマネージャーのアジタ・マーティン氏は「あらゆる小売企業がAIに着手すべきだ」と訴えるとともに、「AIの取り組みは経営トップが主導しなければならない」と説く。
AIは、バックオフィスから在庫管理、顧客体験の拡充、パーソナライゼーションまで、幅広い領域で活用できる。そのため、AIに着手する前に「ビジネスで最も大きな課題は何か」を明確にすることが重要だ。マーティン氏は、小売業におけるAIの活用領域をサプライチェーン・店舗・ECの3つに大別し、「これらのいずれかで具体的な課題を選ぶべき」とアドバイスする。
また、AIの取り組みの成果を評価するための枠組みも定めておかなければならない。AIの取り組みをすすめながら、その枠組みもアップデートさせ、価値をきちんと創出できているかを常に確認することが肝要だ。
米ホームインプルーブメント (HI) 大手ロウズ (Lowe’s) は、エヌビディアやデル・テクノロジー (Dell Technologies) と提携し、顧客体験や従業員体験の向上に向けてAIを積極的に活用してきた。
店舗では、AIを用いて画像や動画などの視覚情報を解釈する「コンピュータビジョン」が導入されている。たとえば、売場で商品を決めかねている来店客を検知し、店員にアラートを発報することで、迅速かつ最適なタイミングで接客できるようになった。
また、生成AIを搭載した従業員向けアシスタントアプリも展開。店員は来店客からの様々な質問に瞬時に回答でき、よりよい顧客体験につながっている。
リアル空間の情報をデータとして集め、仮想空間で再現する「デジタルツイン」も全店で導入した。一日に数回、リアルタイムな情報をもとに「デジタルツイン」を更新し、売場の棚を可視化して、品揃えの改善などに役立てている。
グローバルコンサルティングファームのキャップジェミニ (Capgemini) は、2024年10~11月、北米・欧州・アジア太平洋の12カ国計1万2000人を対象に消費者調査を実施した。
この調査結果では、生成AIが買い物体験を変えつつあることが示されている。
「生成AIを使って買い物をしたことがある」と回答した割合は24%で、前年から4ポイント上昇した。この割合は若年層でより高く、18~25歳のZ世代で45%、26~41歳のミレニアル世代では41%だった。
また「生成AIに提案された商品を買ったことがある」と回答した割合は68%で、前年から16ポイント上昇した。「商品・サービスのレコメンデーションのためのツールを従来の検索エンジンから生成AIツールに変えた」と回答した割合も58%を占めている。
生成AIによって、消費者が求める企業とのコミュニケーションも変化している。
71%が「企業とのやりとりに生成AIを幅広く導入してほしい」と回答。Z世代やミレニアル世代では、7割超が「ChatGPTなどの生成AI搭載型チャットボットで会話したい」と答えている。またZ世代では「生成AIによって自動化され、パーソナライズされたリアルタイムのカスタマーサポートが欲しい」と回答した割合が半数を超えた。
その一方で、生成AIに関する懸念も広がっている。
生成AIに関する懸念点として、7割超が「生成AIモデルのバイアス」、「生成AIによるなりすましや偽情報」、「ディープフェイク (AIを用いて動画や音声を人工的に合成する技術) を使ったコンテンツ製作」を挙げ、その割合は前年より10ポイント以上上昇している。
「COREフレームワーク」とは、米調査会社コアサイト・リサーチ (Coresight Research) が策定した小売業におけるAI活用のフレームワークだ。
組織のサステナビリティを中心に据え、AI活用領域を「新規事業の創出 (C)」、「オペレーションの最適化 (O)」、「サプライチェーンの改革 (R)」、「顧客体験の拡充 (E)」の4つのカテゴリーで分類している。
コアサイト・リサーチでは、小売業でのAI活用に向けた10の提言をこれら4つのカテゴリーにマッピングしている。
「新規事業の創出」では、(1) リテールメディアの解放、(2) 商品開発のレベルの向上が挙げられた。リテールメディアは本業外での新たな収益源となる領域だ。また、生成AIは、商品開発において創造性を加速させ、拡張する。
「オペレーションの最適化」では、(3) 商品説明や画像生成の加速、(4) 部門間の壁を越えたデータのアクセスと分析、(5) エージェンティックAI (自律的に意思決定してアクションするAI) による新たな労働力の創出が提言された。
「サプライチェーンの改革」では、(6) 需要予測のレベルアップ、(7) 分断されたサプライチェーンの橋渡しがAI活用の軸になる。たとえば、生成AIを使ってSNS上の投稿のような非構造化データを取り込めば、需要予測の精度はさらに高まる。
「顧客体験の拡充」では、(8) パーソナライゼーションの大規模な展開、(9) コンテキスト検索 (文脈検索) によるリアルな検索結果の提供、(10) AIによる従業員のエンパワーメントが挙げられている。