「来年は創業30周年、私がこの世界に入って50年の節目の年になります」と、15歳で食肉会社に就職し、この道ひと筋に走り続けてきた小川勇社長の目が緩む。その顔は「よくここまで続いたな」という感慨と、創業当時から実行し続けてきた「おいしい肉を、他が真似のできない価格で提供する」という自負、自信の表情で溢れている。
小川ミートの発展は地元スーパー富田屋(店名トミダヤ)抜きでは語れない。創業から今日まで小川ミートは富田屋とともに成長してきたからだ。
「先代の富田繁雄社長(現会長)には随分お世話になりました。食肉会社の営業マンとして富田屋に出入りしていた時も、また独立願望を聞いてもらった時も、助言や温かい支援をいただいたものです」と当時を振り返る。
小川ミートの創業は富田屋の新店計画がキッカケだった。新店計画を耳にした小川社長が、独立の熱き想いを富田社長に語ったのが出発点となったのである。
時に昭和52年、小川社長35歳の春であった。親戚一族を呼び寄せて、新店予定地で独立の喜びと成功への誓いを披瀝したのも今では懐かしい思い出だ。
「最初の半年間は無我夢中で働きました。“お客さまによい肉を安く提供し、満足していただきたい”という、ただその一念で、それこそ寝る間も惜しんで働きました」(小川社長)と語る。その甲斐あって親戚一同から借り集めた借金を1年で返済し終えている。
小川ミートはこれまで3回ほど転機を迎えている。最初が富田繁雄社長(当時)から「全8店舗の精肉部門を任せる」といわれた時で、創業から6年目の昭和58年のことだ。それまで3店舗だった店舗が一挙に5店舗増えたのである。
「8店舗を運営するには個人経営ではムリと、会社組織に変更したのです」と小川社長。長い間の願いだった株式会社の誕生である。 |
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